2007年08月

おとぎの国のような アルザスワイン街道

前回 鉄道の旅をご紹介致しました。しかし どうしても車で 欧州を旅行したいが という方もおられます。 確かに 旅は 人生のロマンです。

| 日本人が余り行かないような見知らぬ処に 
| 行きたいときに 時刻表なしで( 汽車とか飛行機の時間の制約なしに)
| 家族だけ とか 親しい人達だけで 
| 現地の人達と 英語圏では英語で フランス語圏では フランス語 ドイツ語圏ではドイツ語で 話し合いたい

と云うことであれば ツーアではなく レンタカーということになります。

―――     ―――

欧州は 車は右側通行で大変危険ですが アウトバーンではなく Landstrasse(一般道)だけでドライブできる アルザス地方の 150キロの ドライブは如何でしょうか?  道が単純なので 道に迷うこともありません。


アルザスについて公文フランス語 D教材47に 下記の点描があります。
Nous voici près de la frontière allemande,en Alsace.
La maison alsacienne a une architecture particulière. Les toits sont très pentus.
Quelquefois,des cigognes font leur nid sur les chminèes. Voulez-vous goûter à la cuisine alsacienne ? Au restuarant, on peut savourer saucisses, choucroute,vin blanc et tartes.
「私たちはドイツ国境の近く、アルザス地方にいます。アルザスの家は特徴のある造りしています。屋根はとても傾きが急です。時々 <こうのとり>がその巣を煙突に作ります。
あなたはアルザス料理を試食してみませんか?   レストランで ソーセージ、塩漬けのキヤベツ 白ワイン や タルトを 味わうことができます。」


ストラスブルグの前の薬局


Petite Venice と呼ばれるコルマール

昔ドーデのアルザス地方を舞台とした『最後の授業』(Alpfnose DAUDET, La dernière classe,1873)という短編を読んで是非その舞台になった小学校に行ってみたいと 思っておりました。 というのは このアルザス地方は 17世紀以来 独仏の戦争で ドイツ領になったりフランス領になったりしいました。 1870年の戦争で再び ドイツ領となったとき

「みなさん 私がフランス語の授業をするのはこれが最後です。これからドイツ語しか教えてはいけないという命令がベルリンから来ました・・・(以下略)」

という有名な文章があります。 実際 この小学校は実在してなくドーデの作り話だったことがわかりましたが 歴史的にこの地域ではドイツ語・フランス語が混在しております


街の標識には月曜を除いて6時から14時 まで市 開催 許可済ということを仏・独 の 2ヶ国語で書いてあります。

日本は第二次大戦に敗れましたが 幸いにも我々は 日本語を話せるということは 本当に幸せに思います。

ボルドーやブルゴーニュ程知られていませんがアルザスのワイン街道ドライブも
素晴らしいです。ドイツ国境近くのStrasburgストラスブールから コールマールColmal
までの 150km の間の一般道のドライブは 綺麗な花に囲まれたおとぎ話
の道のようで ライン川に平行して ヴォージュ山脈の麓に オベルネ(Obernai) バール( Barr )セレスタ(Selestat)リボーヴール(Ribeauville ) リクヴィール( Riquewihr ) カイゼルスベルグ(Kaysersberg)と ブドウ畑が続き アルザス特有の伝統的な木組みの家々に(maison à colombage)花咲き誇る村が点在する丘陵地帯は きっと満喫されることと思います。


ストラスブルグ (Strasbourg)
Petite Franceと呼ばれるきれいな街です。伝統的な木組の家 maisons à colombageが並ぶ旧市街 は素晴しい散歩道となります。


コルマール(Colmal)
Petite Venice と呼ばれる地域 運河沿いに古い家・レストランが並び静かな雰囲気を楽しめる奇跡的に二度の戦禍から免れ中世の家が残っている。




コルマールより12キロ北西に入ると中世の雰囲気そのまま木組みの家がそのまま残っているカイゼルベルグ(Kayserberg)ノーベル平和賞のシュバイツアー博士はここで生まれました。後ろは生家(博物館)



コルマールより5~6キロ南のエキスハイム(Equisheim)と そのDégustation(ワイン試飲場)



ブドウ畑の真珠と讃えられるリクヴィール(Riquewihr)ここもすぐ近く。

英国を除くヨーロッパでのドライブは 車は右側通行なので 慣れないと大変危険です。しかしドイツで仕事をするということになると 日本ほど鉄道・バスが発達していないので 車 がないと 全く仕事になりません。 特に我々の仕事は郊外にある工場に電子部品を売り込む仕事でしたので 出張というと 必ず車でした。日本から赴任すると 当社では 必ず数時間の自動車学校Fahrshuleの実地訓練を受けねばなりません。 ドイツのアウトバーンのハイスピードに最初は誰でも怖がっているものの3ヶ月も経つとスピード狂になって 200キロに挑戦したりするものです。


ドイツ赴任して日本の免許証をKonsulat領事館に持って行くと仮免許に書き換えてくれ その後 1年間無事故であれば ドイツの免許証を取得できます。日本と違って その免許証の書き換えがないので 今でもこの免許証で 運転できます。

『車の旅なんて運転は大変 道もわからないし ツーアの方が楽じゃないの』と云われます。 確かにその通りです。今までにいろんな失敗もして来ました。
・イタリアで フィレンチェからのピザの斜塔を 見に行くため 前夜ピザに行く途中の山の中で ガス欠になりたどり着いた無人ガソリンスタンドがコインがないとガソリンタンクが作動しなく暗闇の中に途方にくれていたら 見知らぬ通りがかりの旅の人が コインをくれて 感激したこと
・初めて行くところに ホテルを予約して行くと 道路事情がわからずそのスケジュールに拘束されて強行軍となり 気ままなドライブができないので だんだんと横着になって 予約なしで 旅をするようになりました。しかしゼザンヌが愛したセントヴィクトワールの山の中で あてにしていたホテルが満員で暗闇の中ホテル探しをして3時間 夜11時頃 イタリアレストランの2階に ベッドを入れて頂いて泊めて貰ったこと( ハイデルベルグ でも そういう経験があります。)
・家族でセントアンドリュースでゴルフをして ロンドンまで ドライブした途中
世界遺産ストーンヘンジに立ち寄るつもりが道を間違えて 幻のストーンヘッジとなったり その代わり 思わぬところで 古城ホテルに 偶然泊まることになり 王様になった気分になったり 
・当時小学生だった娘が 『アルプスの少女ハイジの里 』に 行きたいと云えば ドッセルドルフから スイスMaienfeld まで長距離を車で飛ばしたり 良いこともあります。

いろんな冒険も失敗も致しましたが それなりに却って印書深く 楽しさも尚更です。 
旅は人生にロマンを与えてくれます。 人生にとっていちばん大事なことは 年齢に関係なく 絶えず ロマンを 求めて そして それを 実現すべく 努力して行く事だと いつも思っています。

戻る