2007年06月

ゲーテ街道+ベルリン 鉄道の旅(1)


フランクフルト駅2004年 7 月27

公文式ドイツ語を学習中の方から『 ドイツへ旅をしたいのですが どこが よろしいでしょうか?』と聞かれることがあります。

ドイツ語を学習されていれば ドイツに 行ってみたいそれも ツーアではなくて 今まで学んだドイツ語の教材に出てくるような所を 自分一人で 又は 親しい友達と 又は 家族で ドイツへ 旅行して ドイツ人たちと 話してみたい。 と思われるのは 当然であるし 又 それが 目的で学習されている方も多いものです。

 私はドイツ駐在時代に 日本からの出張者( 工場の技術者が 我々の営業活動の 援助 又は クレーム処理に よく 来てくれました )を よく ノイシュバンシュタイン城 とか ハイデルベルグ  ローテンブルグ 等のドイツの観光地に案内したことがたびたび ありました。 そういう観光地には シーズンには 日本からの団体旅行の 日本人で あふれていて ドイツに日本人を見に来たようなものだ というのが 彼らの感想でした 。

 私が勤めていた会社では その国の言葉が出来ようと出来まいと 海外出張は 一人で行くのが鉄則になっている会社でしたので  北米・メキシコ・アルゼンチン・ブラジル・中国・韓国・台湾・マレーシア・シンガポール ・ ポルトガルを除く欧州各国 へ 会社の命令で 一人で出かけました。 従って 旅というのは 一人で行くものだと思っているので 未だに日本発の団体旅行に 参加したことがありません。

唯一つの例外は 丁度 私がドイツに駐在していた1985年8月に開催された 公文 公 先生を団長とする 『グリム兄弟生誕 200年ツーア』 に ドイツから参加させて頂いた ことです。 公文の教室をやっている家内が毎年夏休みに私のいるドッセルドルフに来ていたときだったので ドイツのグリム兄弟の足跡をたどるバスツーアだけに 参加させて頂きました。バス3台を 貸し切っての ツーアでしたが 公文 公 先生と 奥様 と嬢さんの真帆子さん と ご一緒バスに 乗せて頂きました 。 先生は ドイツ語フランス語の 教育の抱負を 語っておられ ドイツについて いろいろとご質問がありました。
 グリムが生まれた Hanau を 起点として Steinau→ Schwalmstadt → Mahrburg → Frankfurt と メルヘン街道の一部と そして Düsseldorf へと 足を伸ばした 楽しい ツーアでした。


Hanau の Rathaus 前にあるグリム兄弟像 の 前で公文 公先生と1985年8月8日
左後ろに見える 黒いのはグリム兄弟像です。


Rathaus と グリム兄弟 2001年 7 月28日 土曜日の早朝市場の準備で忙しい Marktplatz
この近くにあるHotel Zum Riesenには ドイツ語で話しかけても 日本語で返ってくるご主人がいます。以前 九大で 化学を教えていたそうで 朝には食堂に ドイツ語の新聞以外に 朝日新聞 日本経済新聞 の2紙がおいてある 日本びいきの ホテルでした。


ゲーテが生まれた家 ゲーテ博物館(フランクフルト)


フランクフルト空港内にある Goethe Bar. イタリア紀行の時の有名な絵 「カンパニアのゲーテ」の複製 本物はステーデル美術館にある


一生懸命ドイツ語を勉強され  ドイツの世界遺産を堪能し ドイツの文化に接しドイツ人と話し自分のドイツ語を ためして見たい という方々に推薦できるところは 下記の点で ゲーテ街道~ベルリン が 最適と思われます。

 
1. 日本人とほとんど 出会わない
このルートは 日本人には人気がなく ツーアの会社が 取り上げないからです

2. ドイツの新幹線ICE が 通っており 日本より予約して行けば ドイツが全く初めての方でも 旅行が楽しめる。グリーン車の4人用のガラス張りの 個室(コンパートメント) も 予約することができ 特に快適です。( 2004年の息子夫婦と 4人での旅行は 大変楽しいものでした。)

3. ベルリンを除くと どの都市も 小さく そこに ドイツの 文学・音楽等の 
文化の 粋が 凝縮されている。 下記は 人口 です。

ハーナウ 90千人 フルダ 62千人  アイゼナッハ 45千人 ワイマール 60千人
マイセン 36千人  エアフルト 208千人  ドレスデン470  ベルリン3500 

ちなみに 博多市 1400千人 さいたま市 1188千人 堺市 832千人  川口市 479千人

4. グリム兄弟が 生まれた ハナウ は ゲーテ街道でもあり フランクフルトから 20km で   Rathaus の前に 有名なグリム兄弟の 像があります。 生家は残っていないので 泊まる程ではありませんが グリム兄弟が育った街を 味わうことができます。毎週土曜日早朝には この像の前のMarktplatzで市がたち 日本人にとっては 非常に興味深いものです。


5. ゲーテが生まれたフランクフルトには ゲーテが生まれた家(ゲーテ博物館)からゲーテが
遊んだ レーマー や ハウプトヴァッハ などがあります。 

6. ゲーテ街道は ワイマールまで ゲーテの足跡が楽しめ 又  ドレスデンには 公文ドイツ語教材G教材の「ふたりのロッテの作者 」ケストナー博物館・・(Dresdenneustadt 駅からすぐのところにある)も ケストナーファンにとっては 欠かせないところです。
又 ルターが 生活した跡 聖書をドイツ語訳した場所(ワルトブルグ城―アイゼナッハ)  森鴎外が生活したところ(ベルリン) 滝廉太郎 の 留学先などなど   を 偲べます。
 
7.フルダ には ゲーテの定宿 Hotelgoldenerkapfen があり 入り口に日本語で昔
  よくゲーテが泊まった と日本語で書いてあり 特別に頼むと ゲーテがよく食べた 「ゲーテメニュー」が 食べられます。
  ここから 40キロ 西北に Rotkäppchenの  Alsfeldがあり 20キロ南には グリム兄弟の家(博物館)があります。ハナウの後 ここに5年間住んだところです。


ゲーテの定宿 Hotel Goldener Karpfen ゲーテ定食が 食べられます

8. アイゼナッハ ここは 教材には関係はありませんが
  バッハが育った家(バッハ博物館)には 当時の楽器がおいてありそれで 実際に演奏してくれ 感動します。ルターが育った家(ルター博物館)ワーグナーのタンホイザーの舞台となったワルトブルグ城 ( その中に ルターが聖書をドイツ語訳した部屋などもあります。)
  は世界遺産 に 指定されています。

9.ワイマール ゲーテが死ぬまで40年間住んだ ゲーテハウス 及び
  ゲーテ山荘 があり 又 ゲーテの墓もあります。 フランクフルトの家は先祖代々
  の家ですが こちらは自分で設計して自分の趣味で飾った家で 幾つもの部屋があり
   ゲーテの当時の権勢を物語るものがあります。
  ワイマール駅の反対側のバスの終点に ナチスの強制収用所の後が 博物館となっ
て残っており眼を覆いたくなるような 人間を焼却した炉 などが 保管されています。 リストの家(博物館)もあります。


ワイマール郊外のゲーテ山荘(Goethes Gartenhaus)ゲーテが公務に疲れると 好んで休んだ別荘 素晴らしい


10.ライプチッヒ 
  ゲーテのファウストに登場する酒場Auerbach Keller の入り口に「ファウストとメフィストフェレス」の像があります。バッハが活躍したトーマス教会 と バッハ博物館 、メンデルスゾーンの家(博物館)があります。


酒場Auerbachs Kellerの入り口の「ファウストとメフィストフェレスの像


11.ドレスデン
  D91~の Deutschland   eine Einführung に 出てくる Frauenkirche
は 必見 の ところ 唯 テキストにある 修復は 昨年8月に完了して今は
  きれいな Frauenkirche になっており 中に入れますが 我々が訪問したときは
  地下室にしか入れませんでした。


2004年 8 月2日修復中の Frauenkirche


G教材の「ふたりのロッテ」の作者 ケストナー博物館 Dresdenneustadt から歩いて10~15分


12.音楽がお好きな方には
バッハ ワーグナー メンデルスゾーン リスト 活躍した 又 生活した ところが偲ばれる (バッハ博物館では当時の楽器でのライヴが聴ける)更に ライプチッヒの(ゲバントハウス) ドレスデンの(センパオパー) ベルリンの(ベルリンフイル)を 現地で 鑑賞することもできます。

ゲーテが活躍したアイゼナッハ→ワイマール→ ライプッチッヒは 奇しくも バッハと 共通していて バッハ街道と 云ってもよい位です。

13.世界遺産も
アイゼナッハの ヴァルトブルグ城 ワイマール古典主義の都  ドレスデンのエルベ河畔 ベルリンの博物館島 ポツダムの サンスーシ宮殿 更に ポツダムには 第2次世界大戦を終結させた ポツダム会談が行われたお城もあり これは 私の心の世界遺産でもあります。

14.陶磁器に興味がある方は マイセンまで 足を伸ばせば 1日中 マイセンの陶磁器が そして 日本の柿右衛門が 堪能できます。ドレスデンから Sバーンで 40分のところにあります。 

15.公文のドイツ語を学習される方には D教材に登場する ベルリンの ブランデンブルグ門Brandenburger Tor ドレスデンの Frauenkirche など 自分の目で足で 実物に 触れる ことも出来ます。


1986 年3月撮影ベルリンの壁は 1989年に 崩壊しました。それ以前の写真ですので当然のこととして 壁があります。そして 上にある Quadriga(4頭立ての2輪馬車)の馬は よく見えませんが お尻を向けています。


2004年8月4日撮影もはや壁もない東側からの写真です。4頭の馬は 前 を 向いています。このQuadrigaはナポレオンが パリに持って行き ロシアに行き 又 ベルリンに帰って来ています。

Im November 1989 fällt die Mauer. Menschen aus beiden deutschen Staaten unarmen .sich. Sie sehen glucklich aus. Alle freuen sich über Freiheit.
Das bekannteste Bauwerk ist das Brandenburger Tor 公文教材 D教材 より

1989年11月に壁が倒れます。2つの国家からの人々が抱き合います。彼らは幸せそうに見えます。みんなが自由を喜びます。・・・・
いちばんよく知られた 建築物は ブランデンブルグ門です。

 ご参考までに 2004年夏のスケジュールを ご覧ください。移動時間が 短く 楽に旅行ができることが おわかりと 思います。

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