2006年08月

私のザルツブルグ1 ザルツブルグ音楽祭

Salzburger Festspiele


Die Festung Hohensalzburg auf dem Mönchsberg oberhalb des Flusses Salzach
ザルザッハ川上方メンヒスベルグ山の上にあるホーエンザルツブルグ城
ザルツブルグは文字通り Salz( 塩 ) Burg ( 城砦 )岩塩の取引で栄えた町 でした。

海外への旅は自分自身リフレッシュするのに最高で 日本ですと北海道・九州どこに行ってもたいたい同じ風景 同じ言葉ですが 海外は 建物からすべて異なり 勿論言葉も異なりドイツ語圏では ドイツ語を フランス語圏では フランス語を 話すことにより 自分自身を 普通の生活から 完全に切り離すことができ 又 今回のように いつも行かない音楽会などに浸ると  全く別世界にいるようで 未だにその余韻に浸っております。


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今年は8月2日~5日ザルツブルグ 6~7日ウイーンの旅でした。
In diesem Jahr jährt sich Mozarts Geburstag zum 250.Mal,ein Ereingnis ,mit zahllosen Ausstellungen,Konzerten und Sonderveranstaltungen gewürdigt wird.
今年はモーツアルトの250回目の誕生日を数えますが 数多くの展覧会、コンサート特別企画をもって称えられる出来事です。
毎年7月下旬から8月末まで 行われるザルツグルグ音楽祭は世界的に有名であり又ミュジカルサウンド・オブ・ミュージックの舞台となったところでもあり この期間 人口15万人の小さくて狭い市は観光客・音楽祭関係者・音楽ファンで あふれていました。


Mozarts Geburtshaus In diesem Haus wurde W.A.Mozart Am 27 Jänner 1756 geboren
(モーツアルトは 1756年1月27日この家で生まれました。)
盛大な催しが繰り広げられ この博物館も観光客で長蛇の列でした。 
(左の黄色の建物が生まれた家で現在は 博物館と なっています。)

ザルツブルグは 『サウンドオブミュージック』という映画を 家族そろって 5~6回 見て感動し 映画が撮られたザルツブルグに是非行ってみたいと思い ドッセルドルフに単身赴任中に 初めて一人で行ったのが 1982年 そして  家族を呼び寄せて 家族5人で ドッセルドルフから ドライヴして スイス 経由で ザルツブルグに来たのは 1984年の8月 でした。 その後 子供たちも独立して 全員揃っての旅行は 国内も含めてこれが最後となり それだけに 1984年のザルツブルグは 格別思い出深く その思い出の地 ザルツブルグは 我々夫婦にとって特別のものでした。 その22年前 「 サウンドオブミュージックツーア 」なる バスに乗り 映画の最初にでてくるザルツカンマーグトや結婚式をあげた教会まで 半日がかりで行って来て その夜 モーツアルトもカラヤンもよく来たという 喫茶店 Tomaselli で ひと休みしていると 突然 「 素晴らしい演奏だった!」 と言いながら 両親とドイツ人の先生らしい人から 抱きかかえられるように入って来た 舞台衣装姿の 日本の10代の女の子 が非常に印象的で そのとき 初めて ザルツブルグ音楽祭があることを知り 是非又 音楽祭のときに来ようと言っていながら 22年経ってしまいました。


そして 今回は 時期的に ザルツブルグ音楽祭の最中でもあり 日本人の100人以上のコーラスTokyo Oratory Societyも この音楽祭に参加されたりして(8月4日 Dom にて )日本人の人も いつになく多く 8月3日モールアルトの生家の隣のNordsee という魚料理のセルフサービスのレストランで隣り合った老夫婦は 娘が オラトリオ合唱団の団員で明日出演するので 初めてザルツブルグに来たとのことでしたし 5日の祝祭劇場大ホールでのウイーンフィルの演奏会の 待合室では家内が 「 昨日合唱団で 歌われたのですか 」と 間違えられたり 別世界のようでした。


ザルツブルグ音楽祭 Salzburger Festspiele の中会場 祝祭劇場 Festspielhaüser には大ホール 小ホール 及び 背面の山壁を削って作られたホールFelsenreitschuleの3つのホールがあり Felsenreitschule が 映画サウンドオブミュージックで 最後にエーデルヴァイスを歌ったところ です。

 今回の旅行の大きい目的の一つに 前回見落とした 映画サウンドオブミュージックの最後でトラップファミリーが「エーデルヴァイス」を歌ったFelsenreitschule というホールを見ることでした。
8月4日のことでした。
午後2時から始まる祝祭劇場内部ガイドツーア Festspielhaüser Führungen に参加すれば見れるだろうと 切符を買って 正面玄関でガイドさんが来るのを待っていると 正装した大勢の人達が立っていました。 白い紙に 大きく( 切符求む!) SUCHT! と書いてキャンセルの入場券を求めている人達だした。 異様な雰囲気でした。 その前夜 偶然同じホテルに泊まった 自称 音楽通の 日本人の方から家内が聞いた話に モーツアルトの 魔笛 とか フィガロ の切符は 70万円の相場で 現地の ジーメンス アウデイ の 2社が 顧客接待用に買い占めるからだと いう話が 頭をよぎりました。 
余程熱心な音楽気違いがいるものだ と思いながら 眺めておりました。
帰国して 音楽の専門家である慶応大学時代の友人に 「 魔笛は 70万円の相場という話だった 」と報告したら 一緒に食事をしようと云うことになり 「 それは魔笛ではなく フィガロの結婚だよ 」と言って 専門の新聞のコピーを持って来てくれました。その新聞のお陰で 次の謎が 解けました。

1) どうして大勢の人が 入場券を 求めて 立っているのか
2) どうして モーツアルトの オペラが 70万円もするのか
3) 「フィガロの結婚」「魔笛」などが 上演される Haus für Mozart という劇場 は どこにあるのか


それは在ウイーン音楽ジャーナリスト山崎瞳さんが書いた記事で 次のように書いてありました。

生誕250年に最強「フィガロ」
 『 祝祭小劇場が全面改築されてファッショナブルなモーツアルト・ハウスとして生まれ変わり こけら落としに上演された「フィガロの結婚」が大好評だ。この夏 最も切符の入手が困難と言われ 異様な闇値がつけられている原因はネトレブコ。爆発的な人気の彼女が扮するスザンナは 自立する女性として じつに溌剌と舞台を独り占めしている。それに演技達者なシェーファーと揃って すこぶる艶やかでもあり文句なしに最強だ・・』

小さなガラス張りのオフィスの中に きれいなお嬢さん一人と1台のコンピューターがある テイケットサービスのPolzer で貰ったスケジュール表には 8月4日のところに
Haus für Morzart  ( モーツアルトハウス )
Le nozze di figaro 、(フィガロの結婚)
Wiener Philharmoniker,Winer Staatsopernchor,mit Anna Netrebko,Christine Schäfer・・・
(ウイーンフィルハーモニー ウイーン合唱団 出演 ネトレブコ クリスチーヌ・シェーファー・・・)

と書いてあり

 Haus für Morzart とは どこのコンサートホールだろうと思っていたら この新聞の記事により祝祭劇場の中の小ホールが 改装されて Haus für Morzart という名前に変わったことが分かりました。
つまり 我々は その Haus für Morzart の入り口に立っていたのでした。
そして 更に スケジュール表 と照合すると こけら落としが 7月26日 8月4日は 丁度 4回目の「フイガロの結婚の上演日」で それで 大勢の人が 正面玄関で キャンセル待ちの切符を求めて 立っている理由がわかりました。 

 ところで祝祭劇場内部ガイドツーア (Festspielhaüser Führungen) なるものはには 失望しました。 劇場専門の方々のためのガイドツーアで 我々のような素人が入るところではなかったのです。
唯 Felsenreitschuleを見せて貰えば良かったのですが ザルツブルグ音楽祭の歴史の話は ともかくとして 劇場の構造 舞台の大きさ 移動のスピード 重さ 材料の材質 などなどへの質問する人が多かったので 専門的な話が長々とあり 翌日5日に大ホールのウインフイルを見に行くことになっているのに 大ホールだけしか見れなく とうとう目的の Felsenreitschule は舞台改装中ということで見学できませんでした。
 がっかりして その足で テイケットサービスのPolzer社に行って  Wir möchten eine Aufführung in der Felsenreitschule sehen.  「フェルゼンライトシューレの上演を見たいのですが」 というと
Es gibt keine Aufführungen bis 15 Augusut.「15日までは上演がありません」と言いながら 音楽祭のスケジュール表を見せてくれました。そして Es finden heute anderen Auffurngen statt.これは 今日の他の出し物です と言って ずらりと20ぐらい 書いてある リストを見せてくれました。中には
 Tokyo Oratory Societyの合唱もありましたが ザルツブルグで 日本人のものを聞くのもどうかとも思い 他にたくさん 書いてあるけれど 音楽に素人の私には 何が良いのかさっぱりわからないので 
Was konnten Sie mir emphelen ? 何がお勧めですか? と聞いたところ "Ich kann Ihnen Salzburger Festungskonzerte emphehlen" と推薦されたのが ホーエンザルツブルグ城 の Fürstenzimmer 王侯の間 での Salzburger MozartEnsemble, “Eine kleine Nachtmusik”Candle light Dinner im Festungsrestaurant Festung Hohensalzburg 食事付きのコンサート でした。
  すでに4時近くでした。開演 20時30分 食事 18時30分 と書いてあるので 雨でずぶ濡れになっているのに気がつき ホテルに帰り 着替えて 又 出かけました。

とにかく  今回は行く前に多忙で何の準備も出来ず ぶらりとザルツブルグに来て行き当たりばったりの旅行でした。 団体旅行で決まったコースを大勢の人達と行くより 現地でバタバタしながら夫婦だけでのマイペースの個人旅行も 又 面白く 楽しいものです。 そのような 今回の旅行でしたが3日~6日 の 4日間 は 下記のように毎晩音楽会に 行き 私なりにモーツアルトを 
堪能致しました。


<ザルツブルグ>
8月3日
 後宮からの逃走 ( マリオネット劇場 操り人形によるオペラ ) 

22年前は 小さな操り人形劇場 だったのが 300人位収容できる 劇場となり
この音楽祭の間 毎日 モーツアルトのオペラ 「フィガロの結婚」「魔笛」「ドンジョヴァンニ」「 後宮からの逃走」などのオペラを中心に上演されていました

8月4日 アイネ クライネ ナハト ムジーク Festungskonzerte ( 山の上の砦ホーエンザルツブルグ城のFürstenzimmer王侯の間での食事つき室内楽コンサート )    

山の上のホーエンザルツブルグ城での室内楽 城から見下ろす夜景の美しさも抜群でした。

8月5日 Erste Lodronische Nachtmusik ウイーンフィル 祝祭劇場大ホール

<ウイーン>
8月6日 Straus und Mozart Konzerte Kursalon Wienにて  


上記5日の 音楽会の切符は HIS で購入しましたが 他は 現地に行って 当日 チケット販売所 にて 購入致しました。
 3日のマリオネット劇場は 前回 は 当日売りは 満席でしたが 今回は幸いにも 当日空席があり ラッキーでした。 
 3日のマリオネットのオペラは 及び 4日の 山の上のホーエンザルツブルグ城での
室内楽では 日本人は 我々だけででした。こんなに大勢の日本人が来ているのに 皆さんはどこに行ったのだろうと不思議に思いました。翌朝 ホテルの食堂で出会った 例の音楽通の日本人のご夫婦
に聞くと 毎晩雨が激しかったからホテルで 食事をしていた、 とのこと わざわざ ザルツブルグまで
来ていて雨だからと云ってホテルにこもっているのは 勿体ない話です。


モールアルトが 18歳からウイーンに引っ越すまでいたというMorzart Wohnhausは  戦災にあったものを多くのモーツアルトフアンからの寄付により 当時のままの姿に再建され 日本語のガイドホンでも昔の楽器の音 とかが聞けたり モーツアルトの音楽を聞きながら見れたり 他にも モーツアルトの広場前の建物では 生い立ち生活から当時のダンスを教えたり 当時の食べ物を 提供する喫茶店があったり モーツアルト 250年祭に 相応しい催しが多くありました。

2日に出発したのですが 30日に 航空券と音楽の切符を世話してくれたHIS社より電話があり ザルツブルグは36~7度の暑さだからその準備をして行ってください、とのことでしたので その覚悟で準備をして行ったら 1日より天気が急変して雨は降るわ 寒いやらで現地で傘を買う始末 その雨もes hat geschüttet  でしたので(バケツをひっくり返すような豪雨 )でしたので傘から雫が漏れて来たり 下着まで濡れるやら 写真はなかなか取れないわで 散々でした。 ときどき雨がやむので そのときを見計って 写真を取る 買い物をする というありさまでした。

 今まで何回となく旅行をしているのですがいつも晴れに恵まれ 今ままで 傘などは持って行ったことがなく 靴も1足だけしかなかったので なかなか乾かず 現地の人に聞くとザルツブルグは3割は雨で 気候は非常に変わりやすく 夏になっても冬物は片付けられないとのことで 良い経験になりました。


  続く  次回は 私のザルツブルグ2 (サウンドオブミュウジックとザルツブルグ)

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