2006年01月

私のドレスデン2

2005,2006 Deutchland in Japanのドイツ年の一環として 2005年6月28日~9月19日まで 上野の国立西洋美術館にて Spiegel der Welt. Die Staatlichen Kunstsammlungen Dresden in Japanとしてドレスデン展 が 開催され アウグスト強王 のコレクションを中心に伊万里焼 中国の磁器を はじめ フェルメール レンブラント 他 の 美術収集品が展示されましたが 更に 2005年12月 ベートベン ベンツ 及び マイセンの焼き物の切手が発行されました。


(左)『荘厳ミサ曲を作曲するベートーベン』 1820 年に描かれた,ボンの生家に所蔵されている肖像画より切手化されました。
(右)世界最初のガソリン自動車 ゴットリーヴダイムラー とカールベンツによって 1886 年に発明されました。


17 ~ 18 世紀中国「景徳鎮」日本の「伊万里焼」に憧れて作られたマイセン磁器


又  2006年1月22日まで Prachtvolle Porzelleeane aus Meisen 「華麗なるマイセン磁器」展 が東京都庭園美術館で 開催されました。

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ドレスデン~マイセンには  2004年夏 訪問しました。ドレスデンの中心にあるレジレンツ城 Rezidenzschloß の 元厩舎の裏壁 にある 有名な「君主の行列」Der Fürstenzug は 25,000枚のマイセンの絵付けタイルで 出来ており 最初の 君主 マイセン辺境伯 コンラート( 1123 ~56)から 最後のアウグスト3世(1904~ 18)まで 35人の王が描かれていますが この5番目のアウグスト強王(1694 ~1733)であり マイセン磁器を 育てた立役者です。


Der F ü rstenzug  君主の行列。35 人の王が マイセンの磁器タイルで 描かれています。


長さ 101.9 メートルの 君主の行列


陶磁器は フランス語では  porcelaines 又は céramique

ドイツ語 では  Porzellan 又は Keramik と云いますが 古く 13世紀ごろから 高貴で硬く すばらしく白い陶器は 欧州では 生産ができず 長年 中国の景徳鎮の磁器が東インド会社から 「 白い黄金 」として 高く輸入され 1652年 明朝から 清朝への政変で景徳鎮の磁器の生産が一時途絶えた時期に 日本の伊万里焼が 輸入されました。

中国磁器コレクションブームは欧州各国にひろがり フランス王ルイ 14世(1638~ 1715)も ドレスデンのアウグスト強王(1670 ~1733)にと同じ時期に 負けず劣らず 「白い黄金」のコレクターでした。

 欧州各国が 自国でも この磁器を生産できるよう凌ぎを削っていた矢先  1708年 つまり中国で磁器が発明されて約千年もたって マイセンで ヨーロッパ最初の白磁製造に成功します。 私は磁器に造詣が深い訳ではないのですが どういう訳か ご縁があり 偶然 磁器に関連したものに遭遇致しました。

1、 Keramik ( ceramiques ) の出会い 

セラミックス というと 広義にはセメント・ガラス・煉瓦など成形・焼成などの工程を 経て得られる非金属無機材料の総称 ですが 私たちの電子部品業界では セラミックコンデンサー 又は 絶縁物 の ことでした。 単身赴任でしたので ドイツで正月を迎えるのもつまらないので ギリシャ旅行を思い立ち アテネ 経由で ロードス島に行く予定で行ったのは良かったのですが 正月で アテネからの船が欠航となり 安い飛行機の切符できているので 予定を変更してローマに行こうとしたら この切符は 変更がきかない とのことで 1週間アテネに滞在せざるを得なくなりました。しかたがないので アテネの神殿 美術館 又 観光バスに乗って 時間をつぶしていましたが いよいよ 行くところが無くなって 案内書を見ていたら セラミック ( ギリシャ語では  Keramik )の語源は アテネの郊外のKeramik という町に陶器の工場街があり そこに多くの陶工がいたので その地名 変じて 陶器 陶磁器のことを Keramik というようになったと書いてあるのを 発見しました。暇つぶしに 地図を見ながら1時間ほど 歩いてKeramikという町を訪ねて歩きました。 行ってみると  人が 住む家が一軒もなく 石が雑然と 散らばっている 殺風景な ところが Keramikでした。

 昔は 陶工が 活躍した ところだったのだろうと思いを馳せながら 又 こんな辺鄙な  Keramik なる街を訪ねた 馬鹿げた日本人は 私以外にいないだろうと思いながら  一人寂しく帰りました。


2、パリ郊外 セーブルの Musée national de la Céramique との出会い

初めてパリに出張したと 1975年  フランスの代理店  E社のBaconnets氏が シャルルドゴール空港に迎えに来てくれて 車で ブローニュの森 ロンシャン競馬場 を通って  Sant Claudの Villa Henri IV というホテルに案内してくれ このホテルに 10日程滞在しました。そのホテルの傍には 直径5~6 kmある大きい公園があり その土日の 休みの日 に天気が良かったので 何の予備知識もなく 散歩していたら 公園の反対側のパリに近い方を歩いていると偶然がMusée national de la Céramiqueありました。 Céramiqueと書いてあるが何だろうと思って 中に入り そこで フランスの他 欧州の磁器 中国の磁器 多くの陶磁器の中に  柿右衛門が作った 柿の絵柄の磁器を 初めて見て 感動しました。というのは 小学校の教科書に 陶工 柿右衛門が 柿の熟したあの赤い色を出そうとして窯を幾度と無く試作をくりかえして成功した というストーリーでしたが 柿右衛門が作った磁器の実物を日本では 見たことがなかったからです。後で分かったことですが この地域は セーヴルといい ルイ王朝時代からの 王立窯業工場があるところでした。


パリ郊外 セーヴルにあるMus é e national de la Céramique2002年 家内と一緒に再訪したが柿右衛門の陶器はありませんでした。 見たいのであれば事前に文書での連絡が必要とのことでした。
----続く 私のドレスデンー3 マイセン紀行 ----

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