2005年09月

フランス語は国際語として失格?

石原慎太郎・東京都知事が昨秋、首都大学東京の支援組織の設立総会で祝辞を述べた際、「フランス語は国際語として失格」と発言したことをめぐり、
 仏語学校長らが損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたとのことで 誰もがびっくりしたことだろうと思います。 石原知事は仏語や仏文化に愛着があるとしながら、「91」を「四つの20と11」とするなど仏語独特の数え方を挙げて「かつて外交官の公用語として幅をきかせたが、科学技術の討論をしたりするときに非常にやっかいなんで、だんだん外れていった」と指摘 そう言われれば 理解できる様な気もします。実際問題として フランス語での数のかぞえ方は

4 qautre
5 cinq
10 dix 11 onze 12 douze 15 quinze
20 vingt
60 soixante
70 soixante-dix
80 quatre-vingts 『  四つの20 』
85 quatre-vingts-cinq 『  四つの20と5 』
90 quatre-vingts-dix 『  四つの20と10 』
91 quatre-vingts-onze 『  四つの20と11 』
92 quatre-vingts-douze 『  四つの20と12 』
95 quatre-vingts-quinze 『  四つの20と15 』

と 大変ややこしいものがあります。慣れれば それなりに味わいがあるですが 慣れるまで なかなか聞き取れないしパッと出てこないものです。しかし お金にまつわるものなので わからない 数えられない では 済まされません。

 私の駐在時代は未だフランス・フラン の時代でした。出張時よくタクシーに乗ることが多く タクシーのメーターが 75フラン だったので 100フラン紙幣を出すと タクシードライバーは 残りはチップだと思って 知らぬ顔をして その紙幣を 懐に入れる運転手もいました。 それから 一生懸命 数の数え方を覚えて タクシーを降りるときに 100フランの紙幣を出しながらカトロバン・サンク フラン( 85フラン ) とタイミングよく言えば キチンと 15フランの お釣りをくれるのでした。

 1981年の夏ドッセルドルフ駐在になって ひとりで はじめてフランス Dijonの得意先 に出張したときのことです。パリのリヨン駅にたどり着き Dijon行きの切符売り場まで来ると その前には 旅行者の 長蛇の列 でした。やっと自分の番がまわってきて英語で切符を買おうとしたら 窓口の女子職員が 全く英語を解さず 何やら ドナッテいるけれど フランス語を全く勉強していない当時の私には 何を言っているのかわからずぼんやりしていると 私の次に並んでいたフランスのビジネスマンらしき人が 見るに見かねて 英語で通訳をしてくれました。 『 ファーストクラス か セカンドクラス か 』 と 聞いている というのです。 そのときは 2等車に乗って行きましたが ドッセルドルフの事務所に帰ったら 会社の規定で出張者は 汽車・電車は 全員 1等車 飛行機は ビジネスクラスになっていること 座席指定を含め フランスの汽車の切符は ドイツの事務所でも買えること がわかり その後は 余計な苦労もせずに済みました。

 その直後 フランスで最初のTGVが パリリヨン駅→ リヨン駅に できて 1等の座席指定の切符をドッセルドルフ事務所の秘書のダールホイザー夫人が手配してくれるし TGVの車中では 車掌さんが こちらから何も言わなくとも ていねいできれいな英語で応対してくれるし 座席は広く快適で  座席で 朝食は食べられるし コーヒーは飲めるし 一番最初の出張時の苦労がうそのようです。 Dijon はブルゴーニュ ワインの名産地でもあり 2003年家内と二人で ワイナリー巡りをしたときは 日本から パリ・リヨンーデイジョンの1等車を予約して旅をしました。 便利な世の中になったものです。
 

パリ リヨン駅(Paris gare de Lyon)
2005年3月30日 バスの中より撮影

戻る