2004年11月

ポツダム行き車中の不思議な体験(2)

「どんな切符を持っていますか? ああ この切符で良いです。 ポツダムはこの電車の終点で乗り換えます。私もその終点で降りますので そこ でご案内します。 唯 このS7でも行けますが 50分程かかります。 帰り は R1でお帰りなさい。 20分強でベルリン に帰れます。この切符で乗れます」
「どうして そんなに日本語がお上手なのですか?」
「私は日本に3年半住んでいました。家内も日本人です。」
「今も日本に関係のあるお仕事をされているのですか?」
「いいえ違います。日本ではNHKの名古屋に2年 東京に1年半勤めました。 ベルリンの壁崩壊の頃で(1989年頃) 仕事は大変面白かったのですが NHKはお役所で外人はなかなか 偉くなれないので 辞めてドイツに帰り 又大学で勉強して今は弁護士の仕事をしています。」

と話がはずみました。

「 ポツダムは どこに行くのですか ?」
「 ポツダム会議が行われた ツエツエーリンホフ宮殿です。私が小学5年生のときに ポツダム宣言に基づいて 第二次世界大戦が終結しました。 当時の世界の 3巨頭 ソ連のスターリン・ アメリカのルーズベルト・イギリスのチャーチ ル が集まって 会議をやった という ポツダムとは どんな ところだろう と 小さい時から 夢にまでみていたところなのです。」


(ツエツエーリンホフ宮殿の入り口)

「 そうですか その会談が行われたツエツエーリンホフ宮殿は ポツダム駅を降りて  かなり遠いです。どうやって行くかは複雑なので タクシーが良いでしょう。
その宮殿の中に 大会議場・アメリカ代表団及び ソ連代表団の執務室 などありますが 今はもう遅いので 宮殿の中の部屋などは 見れないけれどコーヒーでも飲んで来られたら良いでしょう。

ベルリンはどうでしたか?」

「 ベルリンは 以前仕事で2~3度 ボッシュのベルリン工場に来た1986年以来です。
1989年がベルリンの壁が崩壊した訳ですから ベルリンの壁崩壊以後 初めてでした。
当時 当然のこととして東側には 入れなかったので 今回 自由に歩き回れ ペルガモ博物館, 世界遺産となっている博物館島 『森鴎外博物館』 など 訪問でき感激致しました。
『森鴎外博物館』では 午後2時以降は閉館と書いてあったのですが ドイツ人のご婦人が  快く受け入れてくれ 日本語で 案内してくれました。
ベルリンは今日が最後の日なので 突然ポツダム行きを思い立ちどうしてもポツダムには今行かないと今度は何時来れるかわからないので 今日は遅く博物館はクローズして中に は入れないけれども ツエツエーリンホフ宮殿の外観と 周りだけを見たいのです。』

「森鴎外の博物館は フンボルト大学の付属機関で あのご婦人は  フンボルト大学の教授なのですよ。そしてあの古い建物は 森鴎外が下宿して いたところです。ところで ベルリンの他はどこを見ましたが?」

続く

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