2004年05月

ドイツ人の感情表現 umarmen sich 抱き合う について( 3 )

--- 私の運命を変えたドイツ人 ---

はじめてのドイツ得意先訪問でした。  1 日目は 刃物で有名な Solingen でした。  D üsseldorf から車で40分くらいのところでした。 刃物の工場が居並ぶのが 世界のゾリンゲンと思って行ってみると そのような工場は1軒もなく高級住宅地といった小奇麗な街でした。 その片隅に KW社がありました。大変静かな事務所で

静かに熱帯魚が泳いでいるのが印象的でした。得意先との会話は勿論ドイツ語 で 彼は全く通訳をしてくれず 製品についての情報について 彼がわからないところだけ わたしに聞いて答えるという スタイルでした。 当時ドイツ語が出来なかった私は最初と最後に  Guten Tag _!  Auf wiedersehen! だけでした。

2日目は フランクフルト界隈に移動するので事務所には寄らず朝 7 時に 彼の下宿の Karolinen strasse Ecke まで タクシーに乗って来てくれと 彼のアドレスを書いたメモをくれました。 当時わが社の事務所は  D üsseldorf Hilton Hotel のすぐそばの  Dreistern Veresichlungen という保険会社の広告塔のあるビルの6階にあり わが社の社員は いつもであれば Hiltonhotel に泊まるのですがたまたま満員で路面電車  Strassenbahn に面したすこぶる小さな家庭的な プチホテル  Hotel Leonard に泊まりました。 家庭的なホテル 静かで大変良かったのですが 何しろ小人数経営で従業員の人が朝食の準備で忙しく 朝 いざ チェックアウトしようとしたら 誰もフロントにおらず ずいぶん待たされて やっとチェックアウトが終わって すぐタクシーを呼んで貰えば良かったのですが 時間が無いので たまたまタクシー乗り場を知っていたので大きい鞄を抱えて急いで駆け足で行くと そのタクシー乗り場に今度はタクシーが1台もなく 途方にくれました。 タクシーが乗り場にない時は電話をするように電話は 据え付けてあるのですが残念ながら電話のかけ方もわからない ・・・・やっと彼の下宿にたどり着いたらもう20分過ぎていました。 彼はえらく立腹していて 何やらドイツ語で ブツブツ言いながら車を走らせました。 

フランクフルトを過ぎて1時間ぐらい過ぎてIb ero というメーカーに行きました。

そこにはロシア人の  Potak という工場長でした。  いろんな技術的な質問が出て それに対して テキパキと当を得た技術的なデーターを以って対応したので  van Gaalen 氏は びっくりして You are the most prepared man in the world!  ( 英語が社内の公用語でした。)

「 あなたは 今まで日本からの出張者の中で最も準備をしてきた人だ」と 初めて笑顔で話しかけ しかもすっかり尊敬の眼で見るようになりました。 新製品の販売が日本で成功すると その責任者又は技術者が PRのために海外に売り歩くというシステムを採っておりましたので 彼は今までに日本TDKから次々と いろんなj人を連れてドイツの潜在得意先を連れ歩いていた訳ですが 私の場合は 日本の市場開拓の経験から あらゆる市場の問題点を把握しているし

私が欧州・アメリカ・南米に出張するというので 技術者のスタッフが徹夜で資料・サンプル作りをしてくれたお蔭でした。

その後 Hotel Postで休み 近くの  Aschaffenburug 城 を案内してくれました。私は 初めて見る ドイツのお城に 大変感動しました。

 後ではベルサイユ宮殿  ハイデルベルグ城   ノイシュヴァンシュタイン城 など いろんなお城を見ましたのでだんだん目も肥えてきましたが 当時は こんなに立派なお城がドイツにはあるのかと感動しました。  田舎から初めて上京した「おのぼりさん」 が東京タワーにびっくりするような心境だったのでしょう。  Ibero 社の  Potak 工場長は柔道をやっておられ 大の日本びいき で 話もはずみ  その後仕事も順調に推移し わが社の製品を購入頂くことになり Potak さんは わが社の工場を見たいとわざわざ秋田の工場まで 足を運んで頂くことになりました。

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