2003年05月

ビヤホール

伝統的な日本の料亭を思い出させるような「日本閣」の 一階の座敷の部屋を予約しておきました。廊下 が あって 小さな階段 の上の 4畳半の 部屋でした。きれいな着物を着た日本人のお嬢さんが 「 どうぞ! 」と 案内するとFrau Pheuferが靴を脱がないで廊下の上にあがろうとした瞬間 我々日本人のあわてふためいた仕草と表情に 彼女も靴を脱いで上がるものだと 察し 靴を脱いで上がりました。ドイツでは 靴のまま部屋に入るのがあたりまえの習慣ですので 当たり前といえばそれまでですが 私があらかじめ説明しておくべきでした。刺身を初め 醤油に 大変興味を持って食べていました。二階の初めてのカラオケ にも びっくりで 彼らにとっては良い社会見学になったようです。

その次の週の金曜の夜は 私が日本食レストランに招待した御礼に Pheufer夫妻がライン河畔のAltstadt の ビヤホール に 招待してくれることになりました。
私のアパートに8時 に 迎えに来るとのことだったので 食事をしないで待っていました。Altstadt は ドッセルドルフの日航ホテル近くのアパートから歩いて20分~30分の古い街で、ライン河 の 港を中心に ドッセルドルフ市役所 レストラン ビヤホールが 軒並みにある大変 落ち着いていてなごやかなところでした。

Altstadtでは まず ハイネの生家と 彼が通学したという小学校  に案内してくれナポレオンがロシア遠征のときに立ち寄ったという Zum Schiffchen という店を案内してくれ 又他のビヤホールに行きました。接待する人がおつまみも食べずに ビールだけ飲むので自分だけ 食べるものを注文する訳にもいかず 彼らと付き合って飲んでいました。 3人でビヤホールの はしごをして 話に夢中になっているうちに 朝の4時近くになりました。それから一緒に歩いて帰りましたが 日本では 家で食事を済ませて 飲みに行く人はいないのですが ドイツの若い人たちは 予め家でたらふく食べてからビヤホールに行きビヤホールでは ひたすら飲むだけに徹底する という合理性を学びました。『予め8時までに食事を済ませておくように』と言われていればそのようにしたのですが これも 彼らにとってみれば言われなくてもわかる常識だったのかもしれません。
                 続く

ドッセルドルフのAltstadt

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